一日のはじまり
おいらは虎魚。
虎の魚と書いておこぜと読む。しがない魚だ。
一日はいつ始まるか。夜中の零時か。朝起きてからか。いつからが昨日か。
われわれ日本人の一昼夜は、もとは夜昼という順序になっていて、朝の日の出に始まるのではなく、真夜中の零時を起点とするのではなおさらなく、今いう前日の日没時、いわゆる「夕日のくたち」をもって境としていた。
たとえば漢語で「昨晩」というのをわが国の口語では「ユウベ」といい、「一昨晩」を「キノウノバン」と言う人が多かった。
だから一年の境の「年越しの御節」というのもシナで「除夜」という前晩の夕飯時のことで、この刻限に「神棚」に御灯明を上げ最も念の入った御前と神酒とをそなえて、その前に一家総員が居並んで本式の食事をした。
町では一夜明けてからやっと正月になるようにいう者が多くなったが、そんなら何故に前晩に年越しの祝いをすますかを説明することは不可能だ。
現代では朝起きてから一日が始まるように思いがちだが、日没に新しい日は始まった。おいらたちは、日が暮れると家に帰り風呂で身を清め、飯を食って眠ることから一日を始めている。
なかなかいい一日の始め方だ。早く寝よう。
虎魚
虎魚おすすめ書 先祖の話 | 柳田國男